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会津鶴ヶ城七層天守

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2023年5月製作 スケール:1/460 蒲生時代の七層天守です。童友社プラモデルの一部を流用して製作しました。 復元案はいくつかあるようですが、現地の案内板や入場券のパンフレット(↑)にあるイラストを参考に設計しました。蒲生時代の会津領絵図というものに現在の天守をそのまま七層にしたようなものが描かれていて、それを元にしているようです。 絵図の方は石落としがなく鉄砲狭間が描かれていて、本作では石落し無しで設計しています。 3Dでの新規製作部分は天守と走り長屋の外壁、鉄門の下部になります。 高さ方向のサイズが大きいと出力費が数十万ととんでもなく高価になるので全部ばらして平面化しました。この状態ではデータサイズが100MBを超えてしまったので3つに分けて発注しました。 各層を切り離し、それを更に東西南北4面に分けたのでパーツ点数がプラモデルとは比べものにならないほど多くなっています。 キットからの流用は石垣の他に走り長屋の屋根と鉄門の上部になります。鉄門は下部が省略されて柱2本になっているのでこれを切除し、新規製作の門扉と組み合わせます。 この部分は短くデフォルメされていますが、延長改造はせずにそのまま組むことにしました。 層ごとに壁を組み合わせた後、積み上げて塗装します。 別に塗装しておいた屋根を組み合わせ、ベースを塗装して完成になります。 鉄門は門扉が付いていい感じになりました。 下見板・鎧戸・鉄砲狭間の表現です。 5層天守と比べるとこの通り。各層の高さが他の城の5層天守よりも低いようで、7層になっても石垣を含む総高は43mほどです。 天守本体は裏からネジ止めで固定しました。ベースを拡張して蒲生時代の縄張を再現する場合などに取り外しできる構造としました。

中合ミサイルタワー

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2023年2月製作 スケール:1/300 福島の中合(なかごう)デパートの旧店舗です。福島市大町の現在のホテルサンキョウの場所にありました。近江の呉服商が福島で店を開いたのが始まりで、土蔵造りの呉服店を1938年に2階建(一部3階)の店舗に改築し百貨店化、この時点ですでに食堂や屋上遊園地があり、象の形のすべり台や鳥小屋などがあったようです。 1956年に既存店舗の南側、平和通りに面した場所に4階建ての増築を行って売り場を拡張、屋上に飛行塔や豆汽車などの大型遊具が設置されています。1960年には北側の既存の2階建て店舗部分を7階建て(店舗5階+展望室2階)に改築し、県内初のエスカレーターを設置した本格的なデパート店舗となりました。遊園地は改築部の屋上に移設され、それまで飛行機形をしていた飛行塔のゴンドラが円盤形に変更され、豆汽車はモノレールにグレードアップ、中央には観覧車も設置されました。遊園地移設後、南側の4階建て初期増築部の屋上は庭園として整備されたようで、当時のチラシには動物園の檻や木が描かれています。1965年頃(1963年との情報もあり)にこの部分も5階が増築されて庭園は消滅し、動物園の檻はその増築部の屋上に移設されています。 1961年には北側の展望室の更に上に「ミサイルタワー」という展望台兼ネオン塔が設置されています。この秀逸なデザインのタワーは施工を担当した竹中工務店が広島の天満屋に設置したロケット形のネオン塔(これは展望台がない)を展望台付きにデザインし直して売り込んで実現したそうです。タワー本体の高さは20m、頂部の地上高50mというスペックで建設当時福島市内最高峰でした。てっぺんから足下までネオン管で完全電飾され夜は派手に光っていたそうです。 1973年に駅前の新店舗に移転し、この店舗は「大町パルク」という別館扱いの廉売店として1984年まで営業し、閉店後タワーもろとも解体されてしまいました。 模型はタワーが完成した1961年の姿で再現しています。南側の初期増築部に庭園がある時代ですが、この部分の存在期間が短く写真などが手に入らなかったので庭園部は完全に想像で製作しています。 これを作るのは2度目で、前回製作時は資料が少なく正確なものが作れなかったので北半分をプラ板で製作しました。今回は 『百貨店の戦後史:全国老舗デパートの黄金時代 』(夫馬信一...